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その(3) 「なら仕方がない。では部屋の奥へ行ってきなはれ。肉さばきが終わるまでは来るなや!」 と言うと奥さんは、スゴスゴと家の中に入ってくれた。 これは後から聞いた話だが、奥さんは、今頃平田さん(とみ)が来てニワトリをヤッテいると思うと、顔から血の気が引き、PCの講師から 「どうしたんですか。身体でも悪いのですか?、、」 と言われて、しばらく別室で横になっていたが「今日は失礼します、、」と言って帰宅して来たらしい。 手塩に掛けたニワトリだから無理もないと思う、、。 また奥さんは、私が大の動物好きなのを何よりも知っている、、、私への慮りもあったのだろう、、。 庭に卓上ガスコンロを用意して、鍋にお湯を沸かせて、その中に鳥をしばらく漬けてから水に浸すと、毛が抜け易いと言う。 確かにスイスイと簡単に毛が抜ける。 部屋の奥から、奥さんの「一本も毛を残さないでよ!そうでないと料理しないからね!」との声が聞こえる。 丁寧に毛を抜きながら、私は小学校6年の時のことを想い出していた。 {近所の20歳前の徹さんという人は空気銃の名人で、ハトなどを撃って、よく人にもあげていた。 ある時私も、「これ美味いで」と言われて、つい一羽を貰ってしまった。 母や三人の兄たちがその時、家にいなかったし、また、これを食べようと言っても、彼らも馴染みもなく、特に姉から「気持ちワルイやないの!」とオコラレそうな気がするので、秘ソカニ、自分で焼き鳥に料理しょうと考えた。 まず毛を抜かねばどうもならんと思い、家の近くの、人が通らない空き地で毛抜き作業に入った。 だが毛は簡単には抜けぬもので、八分通り抜いた時は、胸が割れて血だらけの始末だった。 でもここで捨てるのは、徹さんにもハトにも悪いと思い、鋭く研いだ肥後守ナイフで、アレコレと考えながら切りサバイた。 結果はハラワタも何もズタズタ状態、、気持ちがワルクなってしまい、とても焼いて食べる気が起こらない、、。 仕方がないので、スコップを持って来て、穴を掘り、そこら中に散らかった毛と一緒に埋葬して証拠隠滅作戦とした。 翌日、徹さんから「どうや、うまかったやろ」と言われて「ウン、、、」とゴマかしておいた。 この話は誰にも言わなかったが、実に苦い経験だった。 それから一週間ほど経ってから、道路で近所の子らと遊んでいると、徹さんがまたハトを手に「どうや、誰かいらんか?」と来た。 だれも欲しいという子はいない。 そのうち、2年前に三軒先に引っ越してきて、味噌屋を開店した、おじさんが出てきて、 「ならまた、ワシが貰うわ」と受け取って家の中へ入って行った。 このおじさんは、私よりチト年下の男の子が二人いて、その子らが言うには「うちのお父さんは戦争へ行って、勲章を二つ貰ったのや」と聞いていたが、こんな郊外に店を出して、お客さんが来るのを、あまり見ない商売下手に思ったが、、ワシら近所の子供らに、よく冗談を言って、カマッテくれる愉快な人だった。 (今、考えると相当な人格者だったと思う) しばらくすると、おじさんが手に大皿を持って出てきた。 皿の上にはハトのあちこちの肉が、整然と並んでいる。 私は余りの見事さに「唖然~~~~~!」として、おじさんの顔と皿の肉を、しばらく見比べっこしていたものだった。 さすが戦争で南方へ行った人だと思ったものだった。} ニワトリさんを、お湯から出して、水に浸してから、毛をとると、いとも簡単に抜ける。 まずダンナが、一羽だけ、子供時代に兄がやっていた肉のサバキ方を思い出しながらやってくれた。 胸の中心を喉から下腹部まで切り裂いて「これが肝臓、これが砂肝、、、羽の肉はこのように包丁を入れて、、」 残った二羽を私が捌いていると、フト、奥さんが庭に面した部屋のこっち側へきて、私の作業をみている。 「あっちへ引っこんどき!」と言っても聞かない。 仕方がないから作業を進める。 皿に上手に並べることも出来た。満足だった。 でも一挙に三羽もやったので、心がヒドク疲れていた、 ダンナ(会社員で某教団の教会長でもある)が鳥を見るのは「もうイヤ」って顔で 「あとはお母さんが料理する番だヨ」と言って三枚の皿を渡す。 奥さんは一応調理師免許を持っているから料理はお手のもの。 私は居間でダンナと話をしながら、劇画の原稿のペン入れをしている。 (この3.4ヶ月、仕事のペン入れ作業の時は、一泊だけの泊まりで、この家の居間でしている) ぺン入れは場所が変わった方が、ダレないものだし、側に誰かいて、話しながらした方が、スイスイと、はかどる利点もある。 「え?ペン入れしながら人と話が出来るのかって?」 そこは長年の劇画職人デスがな(^^) どんな難しい話だって出来ます。 でも目を描く時だけは、瞬間口を止め、息も止めますが、、。 また、この家には、宗教関係以外にも、様々な来客があるので、私も来る意味もあるというものです。 3・40分経つと、奥さんが台所から鳥の足を三つ、皿に盛って持って来た。 いい匂いで美味そうだった。 当然だと思う、市販の鳥肉とはエサが違うし、鳥小屋の大きさも違う。 奥さんは一口だけ齧っただけでやめたが、ダンナと私はビールを飲みながら、かぶりついているが、あのハラワタをサバイテいた時の匂いと同じ臭いがして、実はチットもウマクはない。やっとの思いで食べたのだった。 奥さんが「もっといる?」と言ったとき、ダンナと一緒に「あ、、、も、いらん、何かほかにない?」 奥さんは冷蔵庫からマグロの刺身を出して来た。 早くニワトリの匂いを消そうとして、ワサビをタップリ付けて口にほうバッタが、マグロの肉にも鳥の匂いがする。 ダンナは鳥の匂いを消すために、シャワーを浴びに行ったが、出てきてから、 「さっき平田さんがシャワーを浴びていたけど、手をしっかり洗わなかったでしょう」 と言う。 「いや、その前に手洗い所で石鹸を付けて2度も洗ったけれど」と私。 すると奥さんが「台所のフアンをつけっぱなしなのに、鳥の匂いだらけ、この居間も鳥の匂いだらけだよ~~」と言う。 奥さんは「私はもう一生ニワトリの肉は食べない」という。 ダンナは「当分ニワトリの肉は食べない」という。 ワシは「でも肉も、今コンロに掛けた鳥ガラスープもイッパイあるで、ワシは明日、腹を空かせてから、一人でもみんな、食う。明日になったら食べる。」と言った。 その晩は、作り置きの味の濃いカレーライスを食べて、何とか鳥の匂いから解放されたのだったが、、。 その(4)へ続く。
by hiratomisinzo
| 2006-09-12 05:22
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