人間の「意識や知識」を当てにはせず、般若心経にあるような「
空」を求める人でもある。
そのO氏が一年前、PCのどこで拾ったのか下の画像を送ってきた。
説明には
「面白いですよ」としかない。
画像から私に何かを「悟れ」という意なのだろう。
まず、樹木のたくましさに大いに「感服」した。
でも、時々観ているうちに、見れば見るほど、岩の上にどうしてわざわざ樹が生えているのだろう、、、、?
もしやして、、人間が長年掛けて人工的な手を加えつつ、造り出したものではないのか、、、、
でも根の張り方に人工性は感じないし、、と相手がO氏だけに、アレコレ疑問をもつようになった。
そこで植物に詳しい友人Pさんに尋いた。
それが以下の説明だった。
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山に行くと、こういう根性のある木に時々出会います。
根っこの役割はいくつかありますが、その主なものは、
*幹や葉が倒れないように支える
*養分を吸って幹や葉に取り入れる
だと思います。
幹や葉を支える」のは写真を見るとわかるように、太い根、その先に分かれた細かい根、
もっと先のひげのような根でがっちり岩をつかんでいます。
成長するにつれて、その根もたくましく、岩にしがみついて
または割れ目に忍び込んでその体を支えます。
そして・・「養分を吸って幹や葉に取り入れる」ですが・・・
雨が降ると大きな岩の表面には水が流れます。
それだけでなく、朝晩の温度差などで結露もします。
また、岩自体も水分を含んでいます。
落ち葉が落ちて岩にたまり、土壌細菌やバクテリアが繁殖して養分になります。
表面は苔むしてそこもまた、樹木の育ついいベッドになります。
鳥などの糞、虫の死骸、そんなものもあるでしょう。
そうして必要な栄養分を、岩の表面から根を通して得ているのだと思います。
樹木が育つには必ずしも土がたくさん必要ではないようです。
もちろん樹木の種類にもよるのでしょうが、
たとえばヒノキなどは、岩山にもよく育つといわれます。
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「成る程なぁ、、」とその点の疑問は氷解した。
富士山の大爆発は約三百年前、宝永四年(一七〇七)南東の山体の一部が吹き飛び、噴火は、18日間続いたという。
砂礫は現在の御殿場市付一帯に堆積し、偏西風にのった火山灰は江戸の町にまで及んだという。
富士の山すそには大、中、小の溶岩(玄武岩)がゴロゴロと分厚く堆積。
やがて熱がさめ、岩石の上にほんの少しの苔が生え、そこに微細な昆虫が棲み、その昆虫を食べに小鳥がきて、
鳥が植物の種をフンで撒き、やがて植物の葉が落ちて分解され、ごく薄い土壌ができ、
300年かけて、あんなにうっそうとした森、樹海となって広がりおった。
富士の樹海には写真のような樹が一杯あったわけだった。
O氏は私へ、
「微生物・コケ・虫・鳥・動物、すべての生命は循環して繋がっている。
その自然を乱すのが人間の知識・考え。
人間だけが(循環の輪)からハズれてしまっているヨ」
と、言いたいのかも、、。